回想シーン

 今月から私は他のプロジェクトに加わったのだが、そのチーム員は週一回、ミーティングをしている。
 私はもともと、定例的な会議がキライだ。(突発的な会議は大抵の場合、話し合うべき問題がクリアなので密度が濃く、マシ)
 が、仕方が無いので、それに参加してみた。
 そのミーティングは、進捗報告を(午前中いっぱいかけて)一人づつ行うというものだが、そこで先頭きって話し出したのが彼だった。 どうも毎回その順番なようだ。
 彼はA4ピラ2枚に、パワーポイントをぺたぺた貼り付けた資料を配ってきた。 ここ一週間の彼の実験結果をまとめた物らしいが、俺はそういう資料をパワポで見るのがキライだ。プレゼンじゃあるまいし、エクセルでいいじゃないかと思う。
 しかもその資料は、棒グラフだけが貼られていただけの物だった。 測定条件も前提も結論なーんにもなし。ていうかパワポにする意義は??
 それだけでも彼の仕事っぷりに嫌な予感がしたのだが、彼の話を聞いてると、さらに怪しい。
 彼に課せられた任務は、ある実験系が、安定して強いシグナルを出す条件を探すことなのだが、こんな具合だ。
・「前回と同じ実験をしたつもりなんですが、シグナル強度が1/10になってしまいました。」(おいおい。)
・「まぁそれはそれとして、強いシグナルを出すのが目的なので、さらに要素を追加して実験しました。」(いや、前回の条件のまま、シグナル強度もとに戻せって。)
・「そしたら、シグナルが強くなると思われる条件のうち、幾つかの条件ではシグナルが弱くなり、シグナルが弱くなると思われる条件のうち、幾つかの条件ではシグナルが強くなりました。」(だから何なんだよ)
・「説明がつかない部分もあるんですが、もともとバラツキが大きいのでなんとも言えません。バラツキの原因はたぶん実験の最初の段階でばらついていたんだと思います。サンプルの素性が怪しいので。が、もはやなんとも言えません」(そんなだったら最初から実験するなよ)
・「でも、グラフをみると、イイ条件と悪い条件の差がわかりまして、(と言ってレンジを無理やり拡大した棒グラフを示し)、このイイ条件で今後の検討を続けたいと思います」(同じ条件下での繰り返しバラツキが、君のグラフの「比較的イイ条件」と「悪い条件」の差の5倍ぐらいあるんですけど、それで方針決めちゃいますか!)
・「しかしそれでもシグナル自体が全体に低いので、その上にさらに新しい要素を付け加え、条件をふってみたいと思います」(いや、まだシグナルが1/10になったままだから、それ元に戻した方が早道だぞ! そもそも要求レベルはどのくらいなのかも分らない・・ていうか気にしてません、この人)
 そして彼だけで30分以上かかって発表し、全員の発表が終わった時には昼休みだったんだが、そんなことはもうどうでもいい。
 このプロジェクトに入る前、私は直属の上司から、彼がかなりデキルという噂を聞いていた。上司はこういった。
 「I君(俺だ)、どうもTさん(奴だ)はかなり凄いみたいだよ。この前偶然話したんだけど、『今の業務は、他の社内のある部署の検討を委託されているんだけど、俺は一人で、その部署の15年分の仕事しちゃったよ! 一ヶ月で!』っていってたよ。もうほぼ完成の域らしいよ、あのシステムは。」
 俺も上司も彼の言葉を素直に信じ、「ほーそうか、すごいなぁ」と思っていたのだが、話が違う。違いすぎる。