もう齢80を超えたうちの母だが、オカンという立ち位置に卒業はないらしく、息子になにかと飯を食わせようとする癖はいっこうに治る気配がない。
とはいえ当方も50歳、昔に比べれば食える量もぐんと減ったばかりか、余計に食った分はてきめんに身についてしまうお年頃だ。 そんな母の真正面からの攻撃には「いや、そんな食われへんって!」と防御するすべを身に着けているのだが、老獪無比な戦中生まれは最近まことに姑息な手で攻めてくる。 それは外食において、「お母さん、ちょっとこれ食べきられへんから、アンタ手伝おてえな」と言って自分の注文の多くをこちらに横流ししてくるというもの。 残すのももったいないのでこちらもしかたなく食べてしまうのだが、それをみて「あんたよー食べるなぁ」と呆れたふりをしてほくそ笑んでいるのである。誠に策士である。
しかもタチのわるいことに、母は細った自分の食では明らかに削り切れないようなメニューを頼むことでわざと多目に余らせることで、刺客を強力無比に鍛え上げているフシがある。 ただただ困る。
先日もそうだった。母と兄と私の三人で出かけた際、母が路傍のインド料理屋をみつけて「そう言えば長い事カレー食べてへんなぁ」とつぶやいた。
折しも昼時、じゃぁここで飯でもとなったのだが、インド料理屋のランチと言えば巨大ナン。たくさんの料理を頼んでも食いきれないことは目に見えているので、私と兄は一番シンプルなAセットを注文した。 そして母。隣の席に運ばれてきた馬の顔のようなナンをちらりと見やる。さすがに、うかつに注文するとちょっと量が多いなと考えているようだ。 そうだ母よ、兄も最近食が細くアテにならないことを思い出せ! 私はただただ、母の正気を信じる他なかった。
少し間があって、母は店員におごそかに告げた。
「じゃぁこの、マハラジャセット一つ」
もう、しばらく水平より下が見れなくなるぐらい、おなかいっぱいになりました。