捉え方

 首相の靖国参拝が物議をかもしている。
 日本人である自分からみれば、下記のような細かいポイントを考え付くわけですが。
 ・参拝は「尊い犠牲者をまつって、戦争もうしませんと誓う」という枠組み、ではある。好戦的なスタンスではない。
 ・A級戦犯も含んで祀られているのが気に障るらしいが、A級戦犯っていうのは戦勝国(主にアメリカ)による強引な裁判の中で貼られたレッテルで、日本人自らが「戦争の責任者このひと」と決めたわけではない。
 ・ていうか、他所の国のことはほっとけよ。現在進行形の自分ちの火事をなんとかしろよ。
 ・まぁ首相も、このタイミングで何の国益があってそんなことを。まさか「ただやりたかった」じゃないよねぇ。
 
 が、たとえばドイツに、「ドイツの戦争被害者全てを祀る神社」があったとして。
 当然ヒトラーも含まれているそこに、現役首相が参拝したら、ユダヤ人は「おまえら反省してねぇのかよ!」て怒るでしょうな。ていうか世界中から避難轟々だろう。
近隣の国も、政治的な思惑からポーズ的に非難している面はありましょうが、同じように見えている部分もあるのではないでしょうか。「いやー日本では『死んだらみんな仏』『穢れは水に流せばOK』ていうルールなんすよ」て言っても理解してもらえんでしょうし。


 結局日本として、「だれが悪かったの?」という振り返りをうやむやにしているのは確かで、そこが付け込まれるポイントではある。
 なにごとも責任をうやむやにするのが好きな国民性と、戦争責任に手を付けると、「天皇は?」ていう所に触れざるをえないからだろうなぁ。
 形式的には明らかな「最高責任者」なのだが、個人的感情としては自分も「あの人はそっとしておいてあげてー悪くないー。たぶん。」と思ってしまう。すごいな天皇って。

 ここで名案が。合祀問題にスマートにケリをつけるべく、「靖国で祀るのは民間人と下士官以下。仕官以上の軍人と侍系の人は祀らない」とすればどうだろうか。会社で言うと「非組合員のみ対象」という形だ。「管理職は多かれ少なかれ戦争の責任があるから、とりあえず我慢よろしく」、と。
 
 もしくは逆に、「現在までの世界中の戦争被害者を祀る」という神社にするとか。これなら国内右派も納得です。
 いかがでしょうか。