歴史に立会う

 ふと考えた。
 飽くことなく繰り返し鑑賞され、結果、現在古典として知られるものは世にあまたある。
 シェークスピアの戯曲にしろ、落語にしろ、太宰治の作品にしろ。
 で、もちろんそれらも最初から古典だったわけではなく、初めて世に出て「あ、それ凄く良いよね!」と絶賛された瞬間があっただろう。
 同時期におなじように絶賛された物もあったろうが、その中でも生き残ったそれらは、特に光るものがあった訳だ。 一時のブームで終わらず、何年にもわたって同じ内容が繰り返し鑑賞されるという所がすごい。
 

 で、今まさに、古典が生まれつつある瞬間なのかもしれない、と気づいた。「ドラゴンボール」を思って。
 ウルトラマンにしろガンダムにしろエヴァンゲリオンにしろ、魅力的な設定を幹に新しい花を咲かせ続けているという点では凄いのだが、ドラゴンボールのように基本同じ内容のものが多数の素人に繰り返し楽しまれているという所までは至っていない。


 逆に、こういった「古典」を生み出すには、そのジャンル自体がある程度洗練された(=ダイナミズムが減った)状態に至っていることが必要条件のような気がするので、日本の漫画やアニメがその境地に到達しているという証左なのかもしれない。