神話前

 思い返せば、彼とのファーストコンタクトはこういうものだった。半年ほど前、彼がいきなり話しかけてきたのだ。 「あの、I君、つかってるパソコンて、レッツノートだよね? ちょっと見せてくれる?」
 彼の意図がつかめないながらも「あぁ、いいですけど?」と答える俺。
 彼はしばらく俺のパソコンに耳を近づけてみたり、裏がえして「ふむ」と一人うなづいてみたりしていたが、問うでもなく一人つぶやいた。 「これ、いいねぇ・・・」
 やはり真意がわからないながら、「別に不具合なく使えてますけど・・」と相槌を打つと(イイ人だね俺)、彼は「ありがとう」と言って去っていった。
 なんだったんだ結局、と思ったが、その謎はすぐに解けた。

 次の日私は課長に呼ばれた。「I君、ちょっとちょっと。」
 人気の無い打ち合わせコーナーにくると、課長はこう切り出した。「すまんが、Tくんとノートパソコンを交換してやって欲しいんや。I君の使ってるパソコンがご指名でな。」
 「はぁ?!」
 別に交換する事自体は一向に構わないんだが、ただ、非常に面倒くさいというのが正直なところ。 各種ソフトの設定だとか、インストールだとか。 ありていに言えば嫌なんですけどね。
 「なんでですか? かなり時間使うので、出来ればやりたくないんですが。」
 ちょっとここは簡単にはうんと言えない。 聞かせてもらおうか、俺が納得するほどの正当な理由とやらを。
 「いや、それがな、T君が『俺のダイナブックからは有害な電磁波が出ていて、頭痛と耳鳴りが止まらない』って言うんや・・・」
 あまりに理不尽だったので思わず、
 「それなら仕方がありませんねぇ・・・」と答えてしまった。
 社会人としてのATSが働いたのかもしれない。
 しかしその後の課長との、「核心に出来るだけ触れないようにした会話」がオトナって感じで良かった。 怯えた子犬の様な目をしていた課長の顔にも「深く突っ込まないでくれ。タノム。」と書いてあったし。
 後で、自分の愛機になる(予定)のTさんのパソコンを見に行ったら、新しくて早いヤツだったので一安心。
 が、電磁波避けの黒い円盤がいっぱい横に置いてあったのがなんだかなぁって感じ。これ、昔からあるけど、一個4000円ぐらいした様な気がする。
 ていうか、専門外なのではっきりしたことは言えないのだが、電磁波みたいに放射状に飛んでいくもんが、横に物を置いただけで吸収できるわけが無いと思うが、どうだろうか。
 音と同じで、半波長位相をずらした電磁波ぶつけたりできるのか? でもそれなら周囲の特定のポイントで強度が倍になりそうだな。
 ていうか、その黒い物体には電源も無いしそんなハイテクなワケは無いが。
 ちなみにその後、パソコン交換話は、「メーカーにクレームつけてハードディスク交換したもらったら、直ったのでいいです」という事で立ち消えになりました。
 あぁ、きっと超音波がでていたんだね。 高速回転だからね、昨今のHDDは。 (そういうことにしておく)